失礼しました  ZxZ

下書き用に非公開にするのを忘れていました。

なんという失敗。

つっこみどうもです。>★MEカエラ☆さま

思いつくまま、つらつらと。

1年、3年、5年、10年
それらの時間を
どのようにとらえるか?

時間に関することわざや名言は
過去の人たちがたくさん残している。

永遠の命は無いわけで
普通に生きているだけで
やがては死ぬことになる。

何に時間を使うか
何に時間を費やすか
それをまじめに考えることは
良いことだ。

自分を振り返れば、
学生だった頃からしたら
20年近く経っている。

どんな20代だったか
どんな30代だったか
どんな40代になっていくのか。

始めるのは
今、しかない。

その始めたことさえ
何年できるのか?

続けることでしか
能力は身に付かない。
天賦の才を持っていても
継続なしには磨かれない。

やがて死ぬということと
それに向き合うことが
もっと普通になると良いな。
当たり前になると良いだろうな
と思う。

かつては、
死はもっと身近で
生に寄り添っていた。

今でも死は
身近なはずだけれど
それを覆い隠しているため
人は死から遠くなってしまった。

生きると言うことは
エンドレスに続くゲームではない。

必ず終わりがあり
そこでゲーム終了
リセットもない。

死から遠くなったが故に
時間の感覚も
社会の仕組みも
おかしくなったように思う。

便利さを追求しすぎては
いかんのじゃないかと思う。

時間を買うと言う行為に
制限がいると思う。

時間を商売のタネにしすぎては
いかんと思う。

本当は
そういうことを考える
政治が必要なんではないかと
最近思う。

一日はどう逆立ちしても
24時間しかない。

便利の陰には
それを仕事として
かかわっている人がいるのだ。

そして、その便利さ故に
便利を享受する人の
仕事する時間も
際限なく増えているのだ。

もう、そろそろ
終わりにしたらどうだろう?

時間のことについて
言及する政治家は
居ないなぁ。

と、最近そんなことを考える。